アメリカとの違いと、現地でわかる“食文化の本質”
「イタリア人はピッツァを手で食べるの?」──この質問、意外と多いものです。
映画やテレビでは、イタリア人がナイフとフォークでピッツァを切って食べる姿を見かける一方で、アメリカでは大きなスライスを手で持ち上げて豪快に食べるシーンが一般的。
同じ“ピザ”でも、国が変わればその食べ方もまったく異なります。
私自身、ナポリやローマ、フィレンツェなどを訪れ、実際にピッツェリアで何度も食事をしました。
その経験からわかったのは──「イタリアでは手で食べないわけではないけれど、基本はナイフとフォークで食べる」ということです。
ここでは、アメリカとイタリアのピザ文化の違いを軸に、“食べ方”に込められたマナーや背景を解説していきます。
イタリアのピッツァは“ナイフとフォーク”が基本
イタリアのピッツァは、いわば「一人前の料理」です。
日本ではピザをシェアすることも多いですが、イタリアでは1人が1枚、自分の皿でじっくり味わうのが普通。
そしてその食べ方は――ナイフとフォーク。
ピッツァは焼きたての丸い状態で提供され、すぐにカットされていません。
ナポリのピッツァは特に生地が柔らかく、水分を多く含むため、手で持つと簡単に折れてしまうのです。
中央部分はとろけるモッツァレッラとトマトソースがたっぷり。
そのため、ナイフで三角形に切り、フォークで少しずつすくって口に運ぶのが自然なスタイル。
マナーというより、「構造上そうしないと食べにくい」からそうしているのです。

生地の柔らかさが生む“上品な食べ方”
ナポリピッツァはオーブン(薪窯)で短時間に高温焼成されるため、ふち(コルニチョーネ)は香ばしく、中央はとろり。
だから手で持ち上げようとすると、具材の重みで折れてしまう。
結果として、ナイフとフォークを使うのが自然に“マナー”になったわけです。
アメリカのピザは“手で食べる”のが当たり前
アメリカでは、ピザは「シェアして食べるファストフード」です。
ニューヨークスタイル、シカゴのディープディッシュなど、形も厚みも異なりますが、どれもスライスされた状態で提供されます。
つまり、「最初から手で持って食べる」ことを前提に作られているのです。
一切れを半分に折り、紙皿の上で食べる姿はアメリカの定番風景。
ランチタイムには、街角のピザスタンドでサッと買って立ち食いする人も多い。
この背景には、食文化の違いがあります。
イタリアのピッツァは“食事”であり、アメリカのピザは“軽食”。
つまり、同じ料理名でも「食事を楽しむ文化」と「スナックを味わう文化」の違いが、食べ方に表れているのです。

イタリアでも手で食べることはある?
実はイタリア人も、状況によってはピッツァを手で食べます。
代表的なのが「ピッツァ・アル・ターリオ(Pizza al taglio)」と呼ばれる、切り売りピッツァ。
ローマなどの街角では、長方形のピッツァを量り売りしてくれるお店が多くあります。
注文すると、温かいピッツァを四角く切って紙に包んで渡してくれる。
そのまま立って食べたり、公園のベンチで食べるのが日常の光景です。
また、若い世代やカジュアルなバル(居酒屋)では、友人同士でシェアすることも。
「フォークで最初の半分を食べて、残りを手で持つ」なんて人も珍しくありません。

“手で食べる”=マナー違反ではない
イタリアでは、食べ方に厳密なルールがあるわけではなく、
TPO(時間・場所・場合)によって自然に変えるのがスマート。
ナイフとフォークで丁寧に味わうのは“誰かと食事を共有する時間”を大切にしているから。
手で食べるのは“気取らず楽しむ時間”を過ごしているから。
どちらも、イタリア人らしい“食への敬意”の表れです。
現地で見た、ピッツァに込められた“文化の哲学”
私がナポリの老舗「L’Antica Pizzeria da Michele(ダ・ミケーレ)」を訪れたとき、
周りを見渡すとほとんどの人がナイフとフォークを使っていました。
しかし、食べ終わりに近づくと、多くの人が最後の一切れを手でつまんで食べていたのです。
この光景を見て感じたのは、
「イタリアでは“食べ方”よりも“どう楽しむか”が大切」だということ。
フォークを使うのは形式ではなく、
“料理を尊重する”という静かな習慣。
そして、手でつまむその瞬間には、“今この時間を楽しむ自由さ”がある。
この柔軟さこそ、イタリア人の食文化の真髄です。
イタリアのレストランでのマナー:覚えておきたい3つのポイント
① ピッツァは一人一枚が基本
シェアするのは日本的な習慣。イタリアでは「自分の皿の料理を自分で楽しむ」のが自然です。
【合せて読みたい】イタリア人は料理を“シェアしない”──ピッツァは1人1枚が原則。その理由と文化の違い
② ナイフとフォークでゆっくり食べる
ピッツァは“早食い”ではなく、ワインを飲みながら会話を楽しむ料理。
フォークで切って口に運ぶ、そのテンポさえも「一緒に過ごす時間」の一部とされています。
③ 手で食べても失礼ではない
特にピッツァ・マルゲリータやマリナーラなど、軽めのピッツァなら途中から手で食べてもOK。
ただし、フォーマルな場(高級リストランテ)では避けるのが無難です。
日本でイタリア式ピッツァを食べるときのマナー
日本でもナポリピッツァを提供する本格店が増えています。
基本的には、ナイフとフォークで食べるのがイタリア式です。
焼き立てのピッツァは中央が柔らかく、具材の重みで崩れやすいので、
最初の数切れはフォークで食べたほうがきれいに見えます。
ただし、カジュアルな場やピッツァ・バルなどでは、
「途中から手で食べる」「最後の一切れを手で持つ」など柔軟に対応してOK。
大切なのは“周りの雰囲気に合わせること”。
イタリアでも同じように、状況に応じた振る舞いが自然と評価されます。

まとめ|手か、フォークか。それは“文化を味わう”選択
- イタリアのピッツァはナイフとフォークが基本
- アメリカのピザは手で食べるのが前提
- イタリアでもカジュアルな場では手でOK
- 食べ方はマナーではなく“文化と気質”の表れ
ピッツァの食べ方を知ることは、単に作法を学ぶことではありません。
その国の人々がどんな価値観で食を楽しんでいるかを知ること。
イタリア人にとって、食事は“人生そのもの”。
フォークを持つその手には、料理への敬意と、時間を共にする相手への思いやりが込められています。
そして時に、ピッツァを手でつまむ自由さには、
「人生を楽しもう」というイタリアらしい軽やかさが息づいています。